歯科医院でなぜAED?〜歯科用局所麻酔と心疾患とAED
前回の項で、歯科治療時で気分が悪くなってしまうことのひとつに、極度の不安感、緊張から生まれた交感神経過緊張状態による血管迷走神経反射だいうことを述べました。
もうひとつのアドレナリンの作用による過剰反応ついて述べていきます。
局所麻酔薬のアドレナリンの作用
歯科用の局所麻酔薬には血管収縮剤としてアドレナリンが添加されています。歯科の局所麻酔はあの銀色のシリンジに薬剤を詰めたカートリッジをセットして使用します。ピストルに玉を詰めるみたいなものです。このカートリッジには1/8万アドレナリンが入っています。カートリッジ1.8ml/本あたりのアドレナリン量は22.5μgになります。
(小児用1.0mlもありますが、今回は1.8mlで話を進めます)
このアドレナリンはもともと体の中に存在する副腎髄質ホルモンです。局所麻酔に添加することで、末梢血管を収縮させて麻酔効果を持続、増強させることができます。(α作用:末梢血管を収縮させるということは、麻酔薬を注射したところに薬剤を長く留まらせて効果を持続させることができます)。しかし一部は血液に溶け込んで心臓に作用します。脈や血圧を上げる作用があります。したがって、歯科用の局所麻酔薬で、多少はドキドキするのは当たり前なのです。
歯科用局所麻酔に添加されるアドレナリンは一応、40μgは比較的安全に使用出来る目安と言われています。カートリッジに換算すると、1.77..本。つまり2本弱なら管理されている循環器疾患にある程度安心して使用出来る事になります。たくさん使用する場合には、心臓の負担が少ない血管収縮薬を添加した局所麻酔薬などの使用もあります。
なぜAED? 歯科でAED?
歯科用局所麻酔に添加されるアドレナリンで心臓の負担が生じることは述べてきました。もともと心臓の悪い人、血圧が高い人、不整脈がある人ならばどうでしょうか。アドレナリンの作用(β作用)により悪化する可能性があります。日本高血圧学会は治療ガイドラインでこう述べています。
歯科治療に際しても,高血圧の有無と血圧管理状況について事前に評価する必要がある。血圧が180/110 mmHg 以上であれば緊急処置以外は内科医への紹介を優先する。
また厚生労働省の健康日本21の資料によると、収縮期血圧10mmHgの上昇は男性で20%、女性で15%脳卒中罹患・死亡のリスクを高めると言われています。
こんな患者さん達を知らずにとはいえ、不安や痛み、アドレナリンの作用で血圧を高くしてしまったら。歯科治療中に重篤な事故が生じてしまうかもしれません。
歯科治療中の致死的合併症はまれですが、全くないことはありません。各郡市の歯科医師会に対する歯科治療に伴う偶発死亡事故に対するアンケートの報告があります。平成3〜7年の間に歯科治療に伴う偶発死亡事故が33例ありました。この報告によると、26例が局所麻酔注射後に起こったもので、急性心不全、脳血管障害など、全身疾患の急性増悪によるもの18例でした。不安、痛みや血圧上昇や局所麻酔薬に添加されるアドレナリンによる全身疾患の急性増悪であると考えられます。文献:染矢源治:歯科麻酔に関連した偶発症について,日歯麻誌, 27(3):365-373,1999
非常に稀とはいえ、このような致死的合併症に対して、心肺蘇生の実践とその知識・技能は不可欠です。
ところで病院、駅や学校などの公共施設、百貨店などの人が集まるいたるところにAEDが置かれているのをご存知の方も多いと思います。私の棲んでいるマンションにも設置されています。救急蘇生やAEDの話はその専門に任せることとします。
その理念としては、救急車や病院の拠点を増やすよりも、突然の心停止症例に対して医療者の如何にかかわらず速やかに効果的な救命措置を行おうというものです。それがAED使用を含めた適切な心肺蘇生術です。自動車運転免許の取得には義務です。決して医療関係者に限ったものではありません。
歯科医院や往診でもしものことが起きた場合に救急車の到着までに可能な限りの心肺蘇生術を行えるように、救命措置の講習会受講やAEDを設置して準備をしています。皆さんが通っている歯科医院にAEDはありますか?あればこのような理念のもと、患者さんの安全に配慮している歯科医院だと言えます。
なお、先のアンケートは平成3〜7年ですので、20年を経た今高齢化社会が進んでいます。また最近は居宅、施設への入所患者さんの往診も進んでいます。様々な事情で来院できなかった患者さんのところに赴いて、歯科医療を提供することは素晴らしいことですが、反面、合併症発祥のリスクが高まっていると歯科医師は考えています。その安全な歯科医療環境の整備を推進しているのが、歯科医療情報推進機構なのです。
歯科医師も安全な治療に取り組んでいますが、そのためには何より、患者さん本人ご自身がきちんと病識を持って、全身疾患の把握をなさることが第一と思います。ご自身でご自身がどうあるのかを歯科に限らず、治療を受ける前に申告できるように全身疾患の把握なさることを強くお勧めします。